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「目黒雅叙園が2000億円規模で売却か」

という記事を読みました。

 

目黒雅叙園は1991年に建て替えた時に

玄関棟とか宝物殿とかチャペルとか飲食ゾーンとか

めちゃくちゃ苦労しながら施工しました。

 

日建設計と鹿島建設の組み合わせはかなり厳しかったですが、

勉強させていただきました。

 

雅叙園の中に入ると解りますが

結婚式場エリアの装飾はものすごく派手で豪華です。

それまで現場では出来ないと教えられていたウルシ塗りも

至るところで現場作業していました。

突貫工事なのにウルシが乾燥するまでホコリ一つ立てられません。

漆職人だけで何百人も入っていました。(ほぼ韓国人)

 

中庭は見事な日本庭園が広がっています。

全体工事が遅れ、竣工間際まで巨木や巨石を搬入していました。

その為のクレーンが自分たちの工区の玄関棟から突き出ていました。

屋根にはダメ穴、1階のロビーはダンプや重機の通り道です。

渡り廊下で繋がる第2展示室なんか

ギリギリまで基礎すらありませんでした。

 

飲食ゾーンの寿司カウンターは5〜6メートルのヒノキ無節の1本ものです。

やっと見つけたのに削っていったら小さな小さな節が出てきました。

 

チャペルはパイプオルガンの設置と調整で

死ぬほど工期を取られました。

思った通りの音響効果が出ないとの事でした。

 

途中で玄関棟の神社仏閣のような瓦屋根を施工してくれと

言われましたが、「内装屋なんで」と言って断りました。

屋根の下には○○億円の宝物が展示されます。

 

つい1週間前までダンプカーが走っていたロビーとか

仕上がれば御の字だと思いますが、

日建設計の検査は通常通りキッチリとされました。

鹿島からは「次は八王子ね」と言われました。

八王子は行きませんでしたが、その後恵比寿ガーデンプレイスで再会しました。

 

目黒雅叙園売却の記事でそんな事を思い出しました。